スポンサードリンク

仏教(ぶっきょう、佛ヘ)



仏教(ぶっきょう、佛ヘ)は、約2500年前(紀元前5世紀頃)にゴータマ・シッダッタ((パ)Gotama Siddhattha)(ガウタマ・シッダールタ((梵)Gautama siddhaartha))(釈迦)が現在のインド北部ガンジス川中流域で提唱し、各地に広まり現在も続く世界宗教。キリスト教・イスラム教と並んで世界三大宗教のひとつ。

概略

語義
仏教「佛教」(ぶっきょう)とは、仏陀(ブッダ)の説いた教え、仏(仏陀、覚者、真理に目覚めた人、如来)の宗教、また、仏に成るための教え。近世では広く釈尊(しゃくそん)(釈迦如来)を開祖とする宗教のことをさす。

仏陀、仏(佛陀、佛)とはサンスクリット語の目覚めた人、覚者(かくしゃ)、真理を悟った人を意味する buddha を中国語の漢字に音写した言葉であり、「神」、「預言者」、「神の僕」の意味ではない[1]。仏教の歴史においては仏教の開祖シャーキヤムニ(釈迦牟尼、釈尊)をさす。仏陀とは仏教の教理上では、悟りには普遍性があるが故に、広く修行者によって達成可能な目標とされている。

仏教(佛教)と同じ意味を表すのに、「仏法」または「仏道」の語が多く用いられる。法とは真理、教えのことである。道とは菩提、究極の真理のことである。仏教徒にとり、法は、仏や僧とともに三宝のひとつであり、大事にしなければならぬ宝物の如き存在である。


無我・煩悩
仏教では、個人が自ら真理(法=ダルマ、ダンマ)に目覚めて「悟り」を得てゆく過程が重視され、最終的には「自分として執着している自我(アートマン)は実体ではない(無我)」と覚り、苦の束縛から解放されること(=解脱)を求める。

一般にこの境地を涅槃と呼ぶが、これはエゴイズム・煩悩の炎に自分がコントロールされるのではなく、自分がエゴイズム・煩悩の炎をコントロールできる状態である。なお大乗仏教においては、自身の涅槃を追求するにとどまらず、苦の中にある全ての生き物たち(一切衆生)への救済に対する誓いを立てること(⇒誓願)が主張されるが、特にこの「利他行」の強調が大乗仏教を上座部仏教(=部派仏教)と区別する指標として重要視される。


輪廻・涅槃
釈迦(釈尊)を仏陀 (Buddha) と尊崇し、その教え(法)を理解し、禅定(ぜんじょう)などの実践修行によってさとりを得、煩悩をのぞき、輪廻の苦から解脱(げだつ)して涅槃の境地に入ることを目標とするが、この涅槃の境地に入った存在を仏とよぶ。

なお、(特に初期仏教においては)菩薩とは仏になることを目指す修行者のことを言う。その教えから、根底にニヒリズムがあるように思われるが、煩悩を滅することにより、この世の現実の姿(実相)を感得しようとするもので、自己否定をするものではなく、一切を肯定しようとする面が強い。

さらに大乗仏教においては、道元のいう「自未得度先度佗(じみとくどせんどた)」(『正法眼蔵』)など、自身はすでに「涅槃の境地へ入る」段階に達していながら仏にならず、苦の中にある全ての生き物たち(一切衆生)への慈悲から輪廻の中に留まり、衆生への救済に取り組む面も強調・奨励される。これにより、例えば弥勒菩薩や観世音菩薩などが仏典に描かれている。


仏像・念仏

ガンダーラ仏像また、初期仏教では、具体的に礼拝する対象はシンボル(菩提樹や仏足石、金剛座)で間接的に表現していたが、ギリシャ・ローマの彫刻の文明の影響もあり、紀元前後にガンダーラ(現在のパキスタン北部)で直接的に人間の形の仏像が製作されるようになった。これは、一説では釈尊亡き後の追慕の念から念仏が起こり、さまざまな三昧へと発展する過程で、その拠りどころとして発達したと考えられている。現在は如来・菩薩・明神・護法神など、さまざまな礼拝対象がある。一般的な仏教(顕教)では、仏像自体は宗教的シンボルとしてのみ意義がある。しかし後期大乗仏教の大毘盧遮那成仏神変加持経(大日経)では本尊という概念を導入し、自身と一体になる対象として扱われる。

真言門の菩薩行を修する諸菩薩を令て、本尊の形を観縁せしむるが故に、即ち本尊の身を以て自身と為す。  説本尊三昧品第二十八

特徴
仏教の教えの基本は、三法印(3つの根本思想)である。(三法印に一切皆苦を付加し、四法印とする経典もある)

諸行無常(一切の形成されたものは無常であり、縁起による存在としてのみある)
諸法無我(一切の存在には形成されたものでないもの、アートマンのような実体はない)
涅槃寂静(苦を生んでいた煩悩の炎が消え去り、一切の苦から解放された境地が目標である)
一切皆苦(一切の形成されたものは、苦しみである)
釈迦の悟りの内容は、四諦と縁起及び無我である。
以下にその関係を整理された十二支縁起を示す。

無明(無知)
行(潜在的形成力)
識(識別作用)
名色(心身)
六入(六感覚器官)
触(接触)
受(感受作用)
愛(渇愛)
取(執着)
有(存在)
生(出生)
老死(老いと死)
これは、なぜ最大の苦である「老死」の不安の下で生きているのかの由来を示すと同時に、「無明」の状態を覚醒する事により、「老死」が克服されるという根拠も示している。

このように仏教では、救いは超越的存在(例えば神)の力によるものではなく、個々人の実践によるものと説く。すなわち、釈尊の実体験を最大の根拠に、現実世界で達成・確認できる形で教えが示され、それにしたがうことを呼び掛ける。(あくまで呼びかけであり強制ではないことに注意)

このため、仏教での神は、六道を輪廻する一切衆生の一部をなし、輪廻という苦の中にある点では、他の衆生と同様、特別な存在ではない。このことから、釈迦も仏教の開祖ではあるが、既述の通り、セム・ハム系の「唯一神」のような全能な人格・超越者ではない。


歴史(仏教の伝播)



インドネシアのボロブドゥール寺院遺跡群に残る仏像釈迦が入滅(仏滅)して後、出家者集団(僧伽、サンガ)は個人個人が聞いた釈迦の言葉(仏典)を集める作業(結集)を行った。仏典は、この時には口誦によって伝承され、後に文字化される。

僧伽は、仏滅後100年ごろ、教義の解釈によって上座部と大衆部の二つに大きく分裂(根本分裂)する。時代とともに、この二派はさらに多くの部派に分裂する。この時代の仏教を部派仏教と呼ばれる。

部派仏教の上座部の一部は、スリランカに伝わり、さらに、タイなど東南アジアに伝わり、現在も広く残っている上座部仏教(南伝仏教)。このグループの仏教は、「自己の救いのみを目的とする」として、以前は後述の大乗仏教側から蔑まれ、小乗仏教と呼ばれていた。

紀元前後、在家者と釈迦の墓(仏塔、ストゥーパ)の守護者たちの間から、出家することなく在家のままでも仏となる教え(大乗仏教)が起こる。この考え方は急速に広まり、アフガニスタンから中央アジアを経由して、中国・韓国・日本に伝わっている(北伝仏教)。またチベットは8世紀より僧伽の設立や仏典の翻訳を国家事業として大々的に推進、同時期にインドに存在していた仏教の諸潮流を、数十年の短期間で一挙に導入、その後チベット人僧侶の布教によって、大乗仏教信仰はモンゴルや南シベリアにまで拡大されていった(チベット仏教)。

「大乗」は小乗に対比される言葉であるが、これは大乗仏教を標榜する人たちが、僧院中心に活動していた仏教徒たちに対して蔑称として使った言葉である[2]。

7世紀ごろベンガル地方で、ヒンドゥー教の神秘主義の一潮流であるタントラ教(Tantra または Tantrism)と深い関係を持った密教が盛んになった。この密教は、様々な土地の習俗や宗教を包含しながら、それらを仏を中心とした世界観の中に統一し、すべてを高度に象徴化して独自の修行体系を完成し、秘密の儀式によって究竟の境地に達することができ仏となること(即身成仏)ができるとする。密教は、インドからチベット・ブータンへ、さらに中国・韓国・日本にも伝わって、土地の習俗を包含しながら、それぞれの変容を繰り返している。

仏教の教えは、インドにおいては上記のごとく段階を踏んで発展したが、近隣諸国においては、それらの全体をまとめて「仏説」として受け取ることとなった。中国および中国経由で仏教を導入した諸国においては、「教相判択(きょうそうはんじゃく)」により仏の極意の所在を特定の教典に求めて「所依(しょえ・しょい)」としたり、特定の行(禅、密教など)のみを実践するという方向が指向されたのに対し、チベット仏教では初期仏教から密教にいたる様々な教えを一つの体系のもとに統合するという方向が指向された。

紀元前5世紀頃…インドで仏教が開かれる(インドの仏教) 
紀元後1世紀…中国に伝わる(中国の仏教)
3世紀…セイロン島(スリランカ)に伝わる(スリランカの仏教)
4世紀…朝鮮半島に伝わる(韓国の仏教)
538年(552年)…日本に伝わる(日本の仏教)
7世紀前半…チベットに伝わる(チベット仏教)
11世紀…ビルマに伝わる(東南アジアの仏教)
13世紀…タイに伝わる(東南アジアの仏教)
13〜16世紀…モンゴルに伝わる(チベット仏教)
17世紀…カスピ海北岸に伝わる(チベット仏教)
18世紀…南シベリアに伝わる(チベット仏教)

仏教における人間
「にんげん」とは、人の間と書く。「間」とは世間とか仲間という意味である。仏教の生まれた時代のインドでは、衆生は五趣(天、人、餓鬼、畜生、地獄)を輪廻すると信じられており、人はこの中の1つの世界に偶々生まれているに過ぎないのである。そして、この五趣輪廻の苦から解脱して永遠の安寧を得る事は出来ないとされていた。仏教は衆生がこの苦から解脱するための処世的な側面を持って開かれたのである。五趣はやがて大乗仏教の時代になると、天の中の闘争的な性格を具する阿修羅を人の下に置いて、六道というようになった。

天台宗などでは、さらに天の上に声聞、縁覚、菩薩、仏の四を加え、十界の教義を立てた。これによって善業を積んで転生しながら、次々と上の世界に生まれていけば、終に仏になり輪廻から解脱するという階梯が出来たのである。言い換えれば、人間は悟りへの途中の状態にあるという事が出来る。

さらに、人間誰もが仏心という心(仏性)を持っており、それを煩悩が取り巻いているために仏心が顔を出す事が出来ないという、本覚(ほんがく)という考え方も言われる。

『大正大蔵経』を創った高楠順次郎は「人間は未完成の仏である。仏は完成された人間である。」と表現している。


仏教の広がり



言語圏
伝統的に仏教を信仰してきた諸国、諸民族は、経典の使用言語によって、サンスクリット語圏、パーリ語圏、漢訳圏、チベット語圏の四つに大別される。パーリ語圏のみが上座部仏教で、のこる各地域は大乗仏教である。

サンスクリット語圏
ネパール、インド(ベンガル仏教、新仏教等)
パーリ語圏
タイ、ビルマ、スリランカ、カンボジア、ラオス等。
漢訳圏
中国、台湾、韓国、日本、ベトナム等。
チベット語圏
チベット民族(チベット、ブータン、ネパール、インド等の諸国の沿ヒマラヤ地方に分布)、モンゴル民族(モンゴル国、中国内蒙古ほか、ロシア連邦のブリヤート共和国、カルムイク共和国)、満州民族、トルコ系のトゥヴァ民族(ロシア連邦加盟国)等。

分布

各大陸の仏教徒数[要出典]

アジア : 4億人
南北アメリカ : 360万人
ヨーロッパ : 180万人
オセアニア : 40万人
アフリカ : 8万人
このように、世界宗教とはいえ、アジア(特に東アジア・東南アジア)に片寄って分布している。

仏教徒が1千万人以上いる国[要出典]

中国, 1億人
日本, 9千万人
タイ, 6千万人
ベトナム, 4千万人
ミャンマー, 3800万人
スリランカ, 1400万人
カンボジア, 1200万人
韓国, 1100万人


仏教用語一覧
悟り

仏教遺跡
仏教旗 (仏旗)- 左から青黄赤白橙の縦五色と、右端のみ同じ色順(ほぼ正方形)で並んでいる旗(橙が L 字型になる)。(en, zh)
聖徳太子

注釈
^ 漢文学者の諸橋轍次は、中国語の「沸」の字が「水にして水に非ず」を意味する如く、否定のニュアンスを持つ旁の部に人偏で、「佛」という語には「人にして人に非ず」の意味があると解釈している
^ 原語のHiina-yana(ヒーナヤーナ)は「劣った・小さい乗り物」という意味であり、もともと大乗・小乗の区別がインドでは明確ではなかったことが、いろいろな史料から知られている

四天王寺国際仏教大学
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。